最近僕は部屋をよく掃除する。
今までは休日の半分を使って、まとめて掃除していたが、これで貴重な半日が潰れるのは勿体無いと思い、仕事後にもちょくちょくするようになった。これは効果覿面だった。ホントに掃除が楽になった。いつも嫌な食器洗いも、食べた後に洗えば大した量にはならない。ほんの数分だけだ。そのせいか、最近、家に帰るととても自分の家じゃないような感覚になる。そうすると、背筋がしゃきっとした気分になり、その標準を保つようになる。散らかった衣類をたたむようになる。ちょっとゴミでも拾うようになる。掃除が楽しくなる。など、すごい好循環を生んでいる。
そこでふと思った。"環境は人を変える"と。
生長の家ではよく環境は心の影だと教えられ、
そして環境を変えるには心を変えないといけないと教えられる。
しかし、その一方で、"楽しくないから笑えないのではない。笑わないから楽しくないのだ"とも教えられる。これは、顔面フィードバック効果と呼ばれるものらしいが、ここで自分がいいたいのは、表情(=環境)を変えても、心に影響を与えるということだ。
以前、雅宣先生の御著書の中に、感覚と心は相互作用していると記述している文章を思い出した。生長の家では、この世界は"現象世界"であり、心の反映であるから、心を無視して、環境は変えることはできないだろう。 しかし、だからといって環境を疎かにしてはならないだろうと思う。なぜなら心と環境は相互の関係していると十分に考え得るからだ。
したがって、僕はこういう結論に達した。
何事も実現するためには、"環境"と"心"の二つのアプローチが必要なのだと。
心と環境を天秤にかけるとどっちに偏ってもだめ。
夢の実現は、心と環境も二つの観点から考えなければならない。
そこで、一つ戒めが生まれた。
それは"有言実行"である。
だれだって夢があるし、できることなら叶えたいと思う。しかし、そう願っても、いくらお祈りしても、勉強しない者が試験に受かるはずがないと同じように、実行していない者が言うだけいっても意味がないのである。夢がいつまでたっても夢であるのは、ただ実行していないからだ。
雅宣先生も、よく求道と伝道、物施と欲施はバランスが大切だと説かれているが、
本当にその通りだと思う。
では、"環境"を変えるにはどうすればよいか。
それは具体的な"何か"である。
夢をかなえるゾウでも言っていたが、
たとえば、無駄な時間を減らそうと考えた時、「TVを見ないようにする」だけでは不十分で、
コンセントを抜くとか、自動的に電源が切れるしくみを作るとか、そういった具体的な"何か"が必要である。
もっと、大きく夢を心に描くこと、
そしてそれを少しでも実現に近づける為の"何か"を実際にアクションを起こしていくこと。
このことを、忘れないように心に刻んでおきたいと思う。
今までは休日の半分を使って、まとめて掃除していたが、これで貴重な半日が潰れるのは勿体無いと思い、仕事後にもちょくちょくするようになった。これは効果覿面だった。ホントに掃除が楽になった。いつも嫌な食器洗いも、食べた後に洗えば大した量にはならない。ほんの数分だけだ。そのせいか、最近、家に帰るととても自分の家じゃないような感覚になる。そうすると、背筋がしゃきっとした気分になり、その標準を保つようになる。散らかった衣類をたたむようになる。ちょっとゴミでも拾うようになる。掃除が楽しくなる。など、すごい好循環を生んでいる。
そこでふと思った。"環境は人を変える"と。
生長の家ではよく環境は心の影だと教えられ、
そして環境を変えるには心を変えないといけないと教えられる。
しかし、その一方で、"楽しくないから笑えないのではない。笑わないから楽しくないのだ"とも教えられる。これは、顔面フィードバック効果と呼ばれるものらしいが、ここで自分がいいたいのは、表情(=環境)を変えても、心に影響を与えるということだ。
以前、雅宣先生の御著書の中に、感覚と心は相互作用していると記述している文章を思い出した。生長の家では、この世界は"現象世界"であり、心の反映であるから、心を無視して、環境は変えることはできないだろう。 しかし、だからといって環境を疎かにしてはならないだろうと思う。なぜなら心と環境は相互の関係していると十分に考え得るからだ。
したがって、僕はこういう結論に達した。
何事も実現するためには、"環境"と"心"の二つのアプローチが必要なのだと。
心と環境を天秤にかけるとどっちに偏ってもだめ。
夢の実現は、心と環境も二つの観点から考えなければならない。
そこで、一つ戒めが生まれた。
それは"有言実行"である。
だれだって夢があるし、できることなら叶えたいと思う。しかし、そう願っても、いくらお祈りしても、勉強しない者が試験に受かるはずがないと同じように、実行していない者が言うだけいっても意味がないのである。夢がいつまでたっても夢であるのは、ただ実行していないからだ。
雅宣先生も、よく求道と伝道、物施と欲施はバランスが大切だと説かれているが、
本当にその通りだと思う。
では、"環境"を変えるにはどうすればよいか。
それは具体的な"何か"である。
夢をかなえるゾウでも言っていたが、
たとえば、無駄な時間を減らそうと考えた時、「TVを見ないようにする」だけでは不十分で、
コンセントを抜くとか、自動的に電源が切れるしくみを作るとか、そういった具体的な"何か"が必要である。
もっと、大きく夢を心に描くこと、
そしてそれを少しでも実現に近づける為の"何か"を実際にアクションを起こしていくこと。
このことを、忘れないように心に刻んでおきたいと思う。
なかなか読み応えのある。文章ですね。松下政経塾では「まず自分の部屋を掃除せよ」ということを徹底して教えられるのは、有名な話ですが、実践は決して簡単じゃないですよね。
スゴイね。うちの部屋も…、自分でやります(_ _)
スゴイね。うちの部屋も…、自分でやります(_ _)
自分でやってないんですか〜 笑
でも、本当にそう思います。
実践が自然とできる、そんな環境に変えていかなきゃだめなんでしょうね。
いや、また、それが難しい・・。
僕も、早く奥さんがほしいです
でも、本当にそう思います。
実践が自然とできる、そんな環境に変えていかなきゃだめなんでしょうね。
いや、また、それが難しい・・。
僕も、早く奥さんがほしいです
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